宮本 賢二さん

校友の誇り

日本屈指の
フィギュアスケート振付師

フィギュアスケート振付師

宮本 賢二さん

(2002年 経済学部卒)

京都の洛北高校時代、早稲田や明治など関東の大学から、いっぱいオファーがきました。しかし、龍大のスケート部の方がわざわざ自宅まで来てくださって、熱心にすすめていただきました。当時、姫路の実家を離れ、祖母と姉と3人で京都で暮らしていたので、深草まで京阪電車一本です。龍谷は海外留学などの取り組みがすごく柔軟で、龍谷大学の環境がいいと、高校時代から周囲の人から聞いていたからです。

4年生のとき、フィギュアスケートでフランスに留学させていただいたのですが、当時「ラストサムライ」という映画が大人気でした。たまたま上映していた映画館の前を通りかかると、フランス人から「おお、ラストサムライだ」と、サインを求められたことがありました。主演の渡辺謙さんと間違えられたのです(笑)。

これまで、荒川静香さん、安藤美姫さん、浅田真央さん、鈴木明子さん、髙橋大輔さんをはじめ、みなさんが知っておられる著名な日本選手は、ほとんど振り付けをさせていただきました。また、ロシアのプルシェンコさんにも依頼されたことがありました。
なかでも髙橋大輔選手とは、僕が現役の時代から仲がよく、今でも自分の弟のように接しています。もともと僕には親しい先輩がいなかったので、現役時代から後輩のためなら、何でもしようと思っていました。でも髙橋選手は僕のことを、「鬼先生」と呼ぶ(笑)。

現役時代、2006年のトリノオリンピックにアイスダンスで出場を目指したのですが、行けませんでした。でも、2010年のバンクーバー大会に髙橋選手が振付師として僕を選んでくれたおかげで、現地に行くことができました。僕が振り付けた「eye」というショートプログラムで、彼は銅メダルをとってくれた。その演技を見て僕はただ涙、涙、涙でした。僕の夢を彼がかなえてくれたのです。

昔は僕も調子にのり、生意気だったこともありました。龍大時代は先生から「スケートバカじゃだめだ」と叱って下さって、試験をレポートに切りかえていただきました。学生時代から今日まで、本当に周囲のみなさんのおかげで今の自分があります。小学生からフィギュアスケートを始めた僕のために、両親は贅沢をせずにつつましい生活をして、僕を支えてくれました。「みなさんに感謝」という言葉しか、今はありません。

[校友会報77号より]

宮本 賢二(みやもと・けんじ)

10歳でフィギュアスケートを始める。すぐに頭角を現し、1995年、1997年に全日本ジュニア選手権で優勝。2001年、2002年に全日本フィギュアスケート選手権で2連覇を達成。2006年、競技生活を退きアイススケーターの振付師へ。これまで、ロシアのプルシェンコ選手をはじめ、荒川静香さん、安藤美姫さん、浅田真央さん、鈴木明子さん、髙橋大輔さんをはじめ、多くの一流選手の振り付けを行う。スポーツ番組の解説者として、テレビでも活躍する。
2014年、龍谷奨励賞を受賞。

宮本賢二さん

朝日新聞の記事
プルシェンコ選手から振付を依頼された旨を伝える朝日新聞の記事(2013年8月9日夕刊)
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